昨日、あつしくん(仮名)と読んだ文章は、大体こんな感じでした。
最近の子供たちは、自らの生理的な感覚を重視するため、自己肯定感が不安定である。
なぜなら、それが社会的な根拠によって支えられた肯定感ではないからである。
だから、身近な他者からの承認を欲しがる。
例えば、「大学に行けばいい会社に入れる」と言われていた時代は、大学に行くことそのものが「世間的に見ていいこと」で、それによって社会的な根拠が得られる。だから自己肯定も、社会的な根拠を基にできるってことだよね。「僕、いい大学入っていい会社入ったから、すごい人♪」的な。
でも、最近は、大学に行ったからといっていい会社に入る保証があるわけではないし、グローバル化で優秀な中国人が日本に入ってきてる。大きな会社が経営破たんすることもまれなケースではなくなってきてる。「いい大学=いい会社=すごい人=安全」の図式が崩れてきてる。
そうなると、社会的な根拠が薄くなるから、身近な他者の承認で自己肯定感を埋めるしかなくなっちゃう。だから友達との関係も重くなる。ラインを1日中やることが大切になる。そうしないと、自分の承認が得られなくて、自己承認ができなくなるから。
この文章のタイトルは「個性を煽られる子どもたち」。
だから、きっと筆者は、そうやって他者からの承認を得ることで自己肯定をするしかない子どもたちを擁護し、個性を煽ろうとする大人たちを批判していると取れる。
でもあつしくん(仮名)はとても素直で、「個性がない子どもたちが悪い」と言うふうに解釈してた。
これこそきっと、「個性を持て」と小中高で言われ続けた弊害かもしれないね。
それにしても、あつしくん(仮名)。文章を読んで、読めるところと読めないところがはっきりしてきた。
これってすごい進歩。「なんとなく」で読んでいる時は、どの部分がわかっていて、どの部分がわかってないかがわからないから。そうすると、緩急つけて読むことができないし、自分がどの部分が読めていないかがわからない。
それが急に数字には現れないけど、毎回少しずつ変化しているあつしくん(仮名)の次の変化が楽しみな今日この頃です。
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